コロナ禍での音楽活動についての是非

雑記

こんにちは!バードです。

2021年、ついに2年目となる「自粛のゴールデンウイーク」となってしましました。

今回は「自粛期間での音楽活動」について考えてみたいと思います。

コロナ禍の現在、世は空前の「自粛ブーム!?」となっています。
「自粛こそが美」と言わんばかりの世の中のムード。
ホントにそれは正義なのでしょうか。

もちろん、「感染防止」が最大命題であることに変わりはありません。

なぜ、人々(ここではあえて「日本人」と呼びましょう)は自粛の道を突き進むのか。

それは万が一感染拡大を起こしてしまったときに、その原因が「自粛」を怠ったこととなってしまった場合、周囲からの非難を恐れるからではないでしょうか。

「感染すること」を恐れるのではなく、
「周囲からの非難」を恐れる。。

なんとも日本人らしい思考回路だと感じます。

昨今、SNSの普及により「炎上」がたやすくおこる環境になりました。
「社会的に、精神的に責められやすい」社会となってしまったんですね。

これについては、便利になったが故の弊害、とわたしは思わざるを得ません。。

生活はこんなにも便利なのに、
「まるで戦時中」かのような精神的圧迫感・・・

そんな風に感じているかた、多くありませんか?

それでやり玉に挙げられているのが、「音楽活動」であると、素朴に思います。

まあ、音楽に限らず芸術活動全般に言えることですが・・・
「演奏会」、「発表会」は軒並み延期・もしくは中止に追い込まれています。。。

「こんな時に不謹慎だ」

これ、戦時中と全く同じ発想ではないですか?

戦争に関係のない音楽活動は「不謹慎」の一言で禁止。
(戦時中は「自粛」というより強制的な「禁止」でしたが・・)
国威発動のための「戦時歌謡」に姿を変貌させられました。

大切なことは「感染防止」であって、「自粛すること」ではないはず。

「自粛すること」なく、「感染防止」できることだって、あるはずです。

そのことに気づけない、もしくは気づいても行動できない。
それは「社会的制裁」を恐れるから。

「自粛疲れ」なんて言葉も最近使われるようになりましたよね。

こころの病気になってしまったら、元も子もないはず。

コロナ禍で活動自粛に追い込まれている音楽団体、たくさんあると思います。

音楽は確実に「こころを豊かにするもの」であるはずです。

音楽活動が「非難されることなく」、自信をもってできる世の中になることを心から願っています。

以上バードでした!

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